2013年3月14日木曜日

葉書の文字の書き方

――葉書の文字の書き方について伺いたいのですが、宛名書きと本文を書くときは何を心がければ良いですか?書き方の違いというものはありますか?

 葉書の書方

宛名書きの場合には、まず差し出す相手の名前を先に真ん中に書く。 その後に住所を書いて、最後は裏に自分の名前を書く。そうすれば形式的にバランスがとれます。
住所は、郵便番号さえしっかりしていれば、郵便番号の下にすぐ何々町番地、といったことだけ書けばいい。そういういうことを自分で工夫して書けばいいんじゃないかと思う。
名前は、なるべく丁寧に書いて、住所は配達の人が間違わないようになるべく丁寧にわかりやすい字で書くことが大事。
尤も、ハガキ一枚でも一つの作品として考えれば様々な要素に気を遣わないといけないが、初心者ということであればそういうことでいいのではないかという気がします。

 年賀状の場合

年賀状の場合は、本文は様々であって字をたくさん書くと疲れるし、何よりたくさん書かないといけないから、あまり長い文章を書かない。できれば絵なんかと組み合わせるというような工夫をして、文章を書かない工夫をする。
「めでたい」ということ、「元気である」ということ、「相手の幸せを祈っている」ということが伝われば、目的が達せられると思うので、あまりゴタゴタゴタゴタ書く必要は無いのではないかと思います。

2013年3月7日木曜日

昔の小学校の書道道具

 ――会長は小学校時代にはどのような道具で字を練習していましたか

ごく普通の筆、硯、墨。 もちろん今のようにパッケージングされた書道セットは無かった。授業の度に家から道具を持って行っていた。
モノが少ない時代だったので、同じ小学校の上級生の姉のところに行って借りたりしていた。そういうことを誰もがやっていたんだろうと思う。


 ――半紙などはどのようなものでしたか

練習は新聞紙をずいぶん使っていた。 提出するものを半紙で書いていた。
先生にはバサバサと朱を入れられた。 僕は花丸を貰ったことは無いけれど三重丸を貰った記憶がある。
お手本と同じものを書くとでっかい丸を貰えるのが嬉しかった。

2013年2月25日月曜日

書の評価


――どういう字がいいか判断する為にはどうすればいいのでしょうか。

過去の字を勉強するということもあるが、自分でたくさん書くこと。私は「鳥」という字をたくさん書いたことがあるが、頭の部分を赤くしたらすごくいいものが出来て、満足したら酒が足りなくなって酒屋に行ったことがあった。そうやって、自分の字を追求してみる。過去のものを勉強してセンスを養っておくことも必要だけれども。

でも一方で、上手い下手よりも、「誰が書いた」かということが重要なことがあります。ある人は、父親の書いた字を父親の写真以上に大事にしている。字からは人となりが伝わってきやすいからね。こんな字を書いていたのかとか、自分に似ているなとか、色んなことが一枚の紙からわかる。

また、オノ・ヨーコさんが震災のチャリティで「夢」という字を書いて5万円で100部を売るということをやっていたが、書と言うものは特に評価をどうするかと言う時に、結局は「誰が書いた」のかということになるのです。

――確かに、このオノ・ヨーコさんの書はあんまり上手いとは思えません…

それはオノ・ヨーコさんだからこそ意味があるんですね。こういう「アート」でなく、看板などの「実用のもの」であれば書家の力量がそのまま反映されるのですが。

――コレクターにとっては誰が書いたかということが大事かもしれないけれども、「使う字」であれば書家のレベルが問われると言うことですね。

書の展示会を見たりすると、書家の先生の文字を真似したものが並んでいることが多い。書道六段とか七段で作品は上手でも、署名の部分を見ると「この程度か」と言うものが多い。弟子が先生の文字をまねしていても、自分の名前の部分は幼稚なひどい字だったりすることがよくあります。それだと手紙すら書けないのではないでしょうか。先生の手本をまねするのではなく、自分で「自分の字」を書いて大勢の人の目にさらすことが大事。

年鑑を見ると「○○先生に師事」ということが書いてあることが多い。その先生もまた昔の先生に師事していて、代々作ってきたそういうヒエラルキーで商売している。閉ざされた社会だからね。








(聞き手/編集:加納佑輔|株式会社ソウサス意匠部)